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*旅立ち少し前の話*

薪を割る音が響いている。

「この前の話だけどさ、返事来たんだよね」
こちらが続けるそれを眺めながら話しかけてきた、栗色の髪の少年---グレンに、
「ああ」
プロットは手を止めずに返事をした。

「『飛空挺』はいいのか?色々本買って読んでたじゃないか」
村のあちこちで駄賃が出る手伝いだけ選んでギルを貯めては、船やら飛空艇やらの本を
買い漁っていた(実家から持ち込んだ、黒魔関係の本と合わせて、彼(と、シウス)の
部屋を魔窟にしていた)のを知っていたので、サスーンに戻って黒魔になると
聞いた時には---そういった修練を始めるには、少し年齢が遅いと聞いたのもある---
意外に思ったものだった。

「飛空艇ねえ…アーガスで禁止令出ちゃってるじゃん?下火なんだよね」
グレンは大仰にため息をついて言う。
飛空挺の軍事利用の恐れがどうとかで、禁止されたのだったか。
「だからって、船もカナーンの造船所パっとしないっていうか…」
すらすらと続けるグレンに、

(…詳しいし)
心の中で呟いて、プロットは薪を割る手を止めグレンを見遣った。
こちらが手を止めたのにも気付かない風で、

「行けるわけないよ、ぼくは…」
グレンは足元に目を落とし、どこか上の空に続ける。
「サスーンに戻らないと」

…『戻らなければならない』。
プロットはそれについて、言うべき言葉を持たなかったので、しばし沈黙した。
むろん、意味はわかる。時折耳にする言葉。
しかし、その義務めいている感覚は、どうしても分からなかった。

「二カ所から誘い来てるんだっけ?」
だから、先ほどの話題に戻すことにした。『返事が来た』件について。

***

「…うん、昔副団長でいま団長の人と、昔作戦参謀でいま副団長の人」
こちらの答えを聞いて、目の前の水色の髪と、長い耳をした相手---エルフだ。
初見はぎょっとしたが、すぐに慣れた---は、いつの間にか止めていた薪割りを再開する。

「期待されてるんじゃないか」
細い腕で器用に鉈をふるって薪を割りながら、そんなことを言ってきた。
「『あの人の子供』に期待してんだよ」
言い捨てて、顔をしかめる。あの人---今はもういない、自分の母親。
亡くなる前は、サスーンで黒魔道士団の団長をしていた。

「…で、昔、あの人に弟子入りしてた連中がそれぞれのとこに弟子入りしてるから、
手紙で探り入れてみたんだけど、今日返事が来て」
先述の、『返事』二通をぴらぴらと振って、相手に示して見せる。
自分が子供のころ、実家に住み込みで弟子入りしていた、若かった(今の自分よりもだ)
二人。今は---会ってはいないが、二十代半ばごろになるはずだ。
「ああ」
相手が頷いたのを確かめてから、

「あいつらどっちも『こっち来い』しか書いてないし」
さらに顔をしかめて内容を告げた。

***

「…うん、じゃあどっちでもいいんじゃないか」
それ以外に答えようがなくてプロットは、そのままに答えた。
「よくないって!どっちにつくかでドコまでいけるか決まっちゃうんだよ!?」
もとより低くはない声が、一段高くなるのに頭を揺すられる気分になりながら、
「お前の母さん、そういうのなくて団長になってたんだろ…」
コネもツテもなく実力だけで団長になった、という事例を示した。

それにグレンは、はははと乾いた笑い声を上げてから、
「親がそうだったからって、ぼくも同じ才能あるとは限らないじゃん」
妙に現実的な答えを返してくる。

「そうだけど…お前、出世したいのか?」
そう問うと、
「出世?…したいねえ」
さも当然とばかりに答えてきた。しかもしみじみと。
「ああ…うん」
だからやっぱりそれ以外に答えようがなくてプロットは、ただ相槌を打った。

「…それで、なんで俺に話すんだよ」
息を一つ付き、最もな疑問を投げつつ、止まっていた手に鉈を握り直して振るう。
他の誰でもいいだろうに、こういったことはなぜかプロットに相談してくるのだ。

***

…何となく、他の者には言えない事を言ってしまえるのは---相手の口が固いのもあるが---
目の前のエルフは自分と『関係がない』からだ。
自分がサスーンに戻ったら二度と会う事もないから、という意味ではなくて
(それを言ったら、ウルの人間はほぼ全てそうなる)、

自分との利害が、全く重ならないからだ。

***

「…だって、アンタはさ…」
しばし黙ってから言いかけたグレンの言葉に被って、

カン、と薪の割れる小気味良い音が鳴った。

「…」
その音に遮られるように一拍黙ったグレンは、

「なんでもない」
そう言って、首を振った。

***

「…前から思ってたけど」
しばし会話が途切れた後、
「お前、なんで母親のこと『あの人』なんていうんだ」
相手は再び話を振ってきた。

今更だ。ずっとそう呼んでいたのに、今更そんなことを聞く。
気になったならすぐに聞けばいいのに、十年近くも経ってから聞いてくる。
「だってあの人、母親っぽくなかったもん」
ホントすっとろい奴…などと思いながら、軽く答えた。
「ウルに来て余計思ったね、ニーナさんみたいな人が母親!って感じじゃん?」
これが心からの本音だというのがばれないように、軽く。

***

ははおや…

ニーナの言動を思い起こして、本で見知ったことと照らし合わせると、そうなるか。
「…まあ、そうかな」
納得しているこちらにグレンは、
「アンタはどうだったのさ」
こちらのことを聞いてきた。

***

「やっぱり、親も『そんな』だったの?」
まあ、親がエルフじゃなきゃ子もエルフじゃないわけで、軽い気持ちで返事を待つ。

「俺は…」
しかし相手は言いかけて、口をつぐんでしまう。
しばらく沈黙した後、
「…何だったんだろうな、親とか子とか、そういうの無かったな…?」
などと言ってきた。

そうだったとか、覚えてないとかいうならわかる。
しかし『そういうのがない』とはどういうことなのか。
…良くない想像をしかけてしまってバツが悪くなる。

「………ごめん?」

小声でこちらが謝ると、相手は妙な表情をして、その後は何も言わずに薪割りに戻った。

****

『関係がない』ことに、腹が立つんです

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